
「帰れない人達」
アルメニアでは、どちらかと言うと年金を受け取るような年齢のおばあちゃんに
可愛がられる事が多かった。何処の国でも、御年寄りの女性は世話焼きなのだろう。
自分の事を可愛がってくれたおばあちゃんの一人に「ローザおばさん」という人がいた。
このローザおばさん、初めて会った時はとにかくビックリした。
まず、外見から一目でアルメニア人ではないと分る。
むしろ、「日本人のおばあちゃんにこんな顔した人は居るよなぁ」というくらい
自分と似たようなモンゴロイドっぽい顔をしているのである。
因みに、アルメニア語は喋れない。いつも、ロシア語で会話している。
ハテ?この人は何人で何処から来た人なのだろうかと知りたくなり、質問したらば
「私はウドゥムルトゥ人。ウドゥムルトゥ共和国で生まれた。夫のイヴァンもそう」
と言われる。その時は、「ウドゥムルトゥ」という国がロシア連邦内に有る事すら知らなかった。
アパートに帰ってからインターネットでウドゥムルトゥについて調べてみると、、、
あった、あった。でも、どの辺にある国なのかな?と、地図を開いてみる。
あー、ココかぁ。 、、、って知らなかったワケだが。
バシコルスタンとタタールスタンに隣接している小さな国が「ウドゥムルトゥ共和国」らしい。
周りは全部ムスリムの国だから、ローザおばさんもムスリムかな?と思って聞いてみると、
「いえいえ、ウドゥムルトゥ人は皆クリスチャンですよ。」と言われる。
ウドゥムルトゥ語というのが母国語なのだが、ウドゥムルトゥ人は全員ロシア語も喋れるらしい。
よくローザさんの所に遊びに来るコサック人のヴィエラおばさんに向かって、「私達は民族語がある!」
と、自慢気に話しているのがとても印象的だった。コサック語というのは無いらしい。
因みに、僕は「ウクライナ人=コサック人」だとばかり思っていた。
ヴィエラおばさんに聞いてみた所、コサック人とウクライナ人は全く関係の無い別人種だと言われた。
南ロシアにコサック人が沢山住んでいて、ロシアともカフカスとも全く違う独特な文化を持っている
と言っていた。因みに、ヴィエラおばさんは、ロストフの小さな村で生まれたと言っていたが。
ローザおばさんは「日本人を初めて見た!」と言い、僕は僕でウドゥムルトゥ人を初めて見た。
しかし、仕草もそうだが嬉しい事があると涙腺が緩み、悲しい事があっても涙腺が緩みまくる。
日本の「下町の人情おばちゃん」みたいな人で、僕はそんなローザさんの事がとても好きだった。
旦那さんのイヴァンさんの仕事の都合でイェレヴァンの前は極東に住んでいたらしい。
その後、イェレヴァンで何年か働いたら生まれ故郷のウドゥムルトゥに帰れる「ハズ」だったそうだ。
しかし、ソヴィエト連邦が崩壊してしまい帰るに帰れなくなってしまった、と言っていた。
ウドゥムルト共和国はロシア連邦を構成する国の一つである。
従ってパスポートは、「ロシア連邦」のパスポートになる。
アルメニア共和国独立後、ローザおばさんのパスポートは自動的に「アルメニア共和国」のモノに
切り替わってしまった。望もうが、望むまいが祖国から切り離されて言葉の分からない国の国籍を
与えられてしまったのである。そして「帰れない人達」になってしまった。
ロシアとアルメニアでは国籍付与の条件がかなり違う。
アルメニアは、アルメニア人でありさえすれば即時に国籍をくれるらしい。
国を出て行く人が余りにも多いから、「飛んで火に入る夏のアルメニア人」には即国籍を与えるらしい。
しかし、その逆はかなり難しい。ロシアは、ロシア人を駆逐してロシア中にCIS国籍の外国人が
増殖しまくっている事に恐れをなしたからなのか、今は物凄く制限をしている。
そして、本来ならロシア国籍を受け取る権利のあるローザおばさんのような人達にさえも、
国籍を与えないらしい。恐らく、ローザさんのような人はCIS中に数え切れない程居るのだろう。
アルメニアの冬はとにかく寒い。ローザさんはいつも部屋の中で白い息を吐きながら凍えていた。
寒さのせいなのか、ローザおばさんは冬の間は全く左手が動かなくなる。
なので、料理は旦那さんのイヴァンさんが作っているらしい。
クリスマスの前日、ごった返しているバングラデシュのマーケットでローザおばさんの顔が
思い浮かび、いつも親切にして貰っているお礼にと思い、プレゼントを買う事にした。
買ったのは毛糸の帽子、厚手の靴下、暖かいセーター。
いつも寒そうにしていたので、きっと喜んでくれるに違いない。
そして、ローザおばさんの所に行ってみた。
クリスマスだったが、テーブルにはイヴァンさん特製のサラダとワインだけ。
「クリスマスなのに、こんなのしかなくて恥ずかしいね」と言っていたが、
飾らないささやかなクリスマスが僕には嬉しかった。全然恥ずかしくなんかない。
「コレ、クリスマスのプレゼントです」と言って渡そうとしたら、
おばさんは「信じられない!」という顔をしたかと思うと、急に泣き出した。
何が何だか分からない。何か悪い事でもしてしまったのだろうか?
「子供達だって、私にプレゼントをくれた事は無い。そりゃ、お金が無くて
生活が大変なのは分るよ。長女なんて結婚したっきり手紙さえも寄越さないし。
有難う、有難う。本当に嬉しいよ。リャンチキだけが私の事を気にしてくれるね。」
プレゼントを見ると、「こんなに沢山受け取れないよ」と言う。
相変わらず泣いている。なんだかコッチまで切なくなってきた。
何度も何度も「有難う」と言い、着膨れした大きな体で抱きしめられて
チューチューと、何度もほっぺたにキスされた。
ここまでプレゼントを大袈裟に喜んでくれる人は、初めてだった。僕まで幸せな気分だ。
敵対関係にあった日本とソ連。子供の頃は「怖くて、謎が多い国」という印象だった。
しかし、ローザさんみたいに飾らないお人好しな人を見ると、良い国か悪い国かは
別にしてなんとなく好きになってしまう。
悪い民族、良い民族なんて無いのだ。何処の民族にも良い人と悪い人が居るだけだ。
ロシア人にとっては余りにも当たり前の事だから意識した事もないだろうが、
連邦内に住む100以上の民族とロシア語を媒介してコミュニケーションを取れるという事は
日本人である自分にはとにかく羨ましいの一言に尽きる。
ロシアだけでも日本の46倍の国土面積を持つ。そこには、ローザさんのように独自の言語を持ち
文化を有する100以上の民族が住んでいる。その民族を束ねる仲介言語がロシア語なのだ。
ロシア人は、外国人に対してでも平気で「お前、何でロシア語喋れないんだ」と言うらしい。
確かに、100以上の民族がモザイク状に住んでいるロシアでは、僕みたいな顔をしたロシア人も居るし、
アラブ人みたいな顔をしたロシア人も居る。だから、アルメニア人や日本人と違って英語で
話し掛けるなんて事はまずしない。傲慢っちゃ傲慢だが、国がそんなだから頷ける部分もある。
そういえば、ミハエル・ザダールノフの笑い話でもこんなのが有った。
「アメリカに住んでいるロシア人が不思議そうに言った。
『どうしてアメリカの連中はロシア語を喋らないんだ?どうしてロシア語を勉強しないんだ?』と。」
、、、やはり、連中は相当に傲慢だ!
ロシア語なんて日本ではハッキリ言えば趣味の言語だと思う。中国や韓国よりも実は日本から一番近くに
国境を接しているのがロシアだというのに、今でもソ連時代から変わらず「近くて遠い国」だ。
アルメニア語やグルジア語ほどではないが、勉強しても住むワケじゃなければ殆ど「対価」が
得られない言語の筆頭だと思う。なんだって、こんなクソややこしい言語を勉強してるんだろうか?
日本に住んでいて、ロシア語が喋れたからといって得した事なんて一つも無い。
ロシア語なんて勉強しないで、英語なりフランス語なりスペイン語、イタリア語を勉強しなさい!
と、誤った道に踏み外そうとしている人には言ってあげたい。
だけれども、あの日本の下町のあけっぴろげで周りの人までも幸せにして、暖かい気持ちに
させてくれる「フーテンの寅さん」みたいなロシア(連邦)人とロシア語を介して
喋れるのはやはり嬉しい。資本主義と物質主義に毒されていないCISの地方都市や田舎では
今でもローザさんやイヴァンさんみたいな人が沢山居るのだろう。
「古き良きソヴィエト時代」を過ごした世代の人達から面白い話を沢山聞かせて貰える。
英語等に比べて、勉強した「時間」や「労力」に対しての効果が物凄く薄く感じる言語かもしれないが、
こういう人達と知り合えたのは紛れも無くロシア語のお陰だ。努力した甲斐もあったというものだ。
(↑そう思いたい。そう思わなきゃ、やってられないのだ!)
日本から、一ヶ月に一度の割合でローザおばさんに電話した。
電話する度におばさんは泣いている。「リャンチキ居なくて寂しい」と。
アルメニアの寒い冬の事を思い出す。そんな事を言われると、僕まで悲しい気持ちになる。
今年も左腕が動かなくなってしまったらしい。
ロシアで一番行ってみたい地域は、僕の場合モスクワやらレニングラードではない。
日本人の観光客が見向きもしない「コミ」とか、「バシキール」、「タタールスタン」、
「タンボフ」、そしてローザおばさんの生まれ故郷の「ウドゥムルトゥ共和国」だ。
もし、おばさんが祖国に帰れるチャンスがあるのであれば、知り合ったのも何かの縁だし
協力出来る事があれば、協力してあげたい。そしたらウドゥムルトゥに行ってみよう!
世界中にCISからの「帰れない人達」と「帰りたくない人達」が居る。
「帰れない人達」は、ローザおばさんのような人もいれば、兵役を違法に逃れた為に
母国に帰れない人も居る。兵役を逃れた人は飛行機にも乗れないらしい。
「帰りたくない人」は、祖国の無残な有様に嫌気がさして出て行った人達だ。
祖国を懐かしむ人もいれば、祖国の事を思い出しもしない人も居る。
アルメニア人の場合は、殆どが自分の都合で国を後にして、その後は戻って来ない(来れない)。
自分の勝手で出て行ったのだから、ローザさんのような「望郷の思い」は薄いのかもしれない。
しかし、政府の都合でアッチコッチ動かし回された挙句、祖国の地を踏めない人を
大量に発生させているのは看過出来ない大問題だ。ローザさんがまさにそれだ。
よりによってコーカサスなんぞに住んでいて、ある日突然、日本のパスポートと国籍を奪われた挙句
アルメニア国籍にされてしまったら、自分だったら死ぬほど暴れると思う。
自分にあてはめて想像してみるだけで恐ろしい。
国籍が日本のままコーカサスに住む場合と、国籍がアルメニアになって住むのとではワケが違う。
死ぬまでに、ローザおばさんがウドゥムルトゥに帰れる事を年始に祈りました。
CISに住むと、「せめて知り合った人達だけでも幸せに暮らして欲しい」といつも思う。