「ステパナケルト市街」


自称ナゴルノ・カラバフ(アルツァフ)共和国です。

南に下ってイェレヴァンから330キロメートル!(←調べました)
やっとの事で辿り着いたカラバフのステパナケルトは、、、

とにかく、道路が平らで非常に整っていたのでビックリした。
イェレヴァンは中心街でもこんなに整っている道路なんて無いのに、、、
まぁ、まだ新しい新興国家ですからね。これからステパナケルトも
アルメニアらしく道路がボコボコと中心街でもしていくのでしょう。

相変わらず重たいページで申し訳無い。カラバフの写真は何回かに分けて載せます。

実は、カラバフの写真に関してどの程度まで載せてよいものなのか迷いました。
というのは、アルメニアとアゼルバイジャンとの間には一応、「休戦協定」が
出ていて、「戦争」はお休み中になっているハズなのですが、、、
カラバフに住んでいる友達曰く「今でも散発的な銃撃戦はある」との事。

なので、極端に地形が分かってしまうような写真や、個人の判断で
「コレはもしかしたらマズイかな?」という写真に関しては
このホームページに載せない事にしました。申し訳無いです、、、

カラバフの写真だけで600枚近くあるのですが、その中から
あまり厳選されていない(スミマセン)、当り障りのなさそうな写真だけを
載せます。皆さん、スミマセンね。

でも、カラバフの写真は結構なボリュームになると思います。

この日は、(自称)共和国の多分、日本で言う「文部省」のお偉いさん達と
会食をしました。昼間っから一緒にヴォトカも飲みました。

その後は、ステパナケルトの大学を見学に行きました。
そこでとてもキレイな女の子とお友達になりました。背が高かい子だったなぁ。
顔立ちがなんとなくアルメニア人ぽくないので、その事を訊ねると
「お母さんがロシア人なんです!」との事。

ウーン、とても利発そうで純粋そうな素敵な子でした。
是非、私の家に遊びに来て下さいと言われてしまったので後で訪ねる事に。
因みに、お父さんはこの大学の教授らしいです。内科医って言っていたような、、、

ココで、偶然に英語の教師をしているマラカンのロシア人の
おっちゃんと知り合う。親切なとても良い人でした。

街をブラブラした後、車でマルダケルト方面を抜けて
シャウミアンの近くまで行きました。
どうやって生活をするのか想像もつかないほどの「ド田舎」なのですが、
ちゃんと人が住んでいました。あらゆる意味で大変そうです。

当たり前ですが、とにかく至る所に兵隊がいます。
彼等の殆どは本当に子供みたいな顔をしています。恐らく20代か10代の後半でしょう。
「彼等が戦争の最前線で戦うのか、、、」と思うと何やら切ない気分にもなってきます。

その後、何やら名前は失念してしまったのですが小さな「博物館もどき」に行って、
見学してみる事に。建物の外観も内観も非常にキレイで目を引いたので、、、
館員の人に「旅行者の方には何か書いて頂いているのですが」と言われて
ブ厚いノートを渡される。
パラパラとめくってみると、3人ほど僕よりも前に日本人がココに来て
書き込みをしていたらしい。様々な言語で様々な人が書き込みをしていました。

素直に感じた事を書いて、この博物館(歴史記念館だったかなぁ?)を後にする。

そして、カラバフホテルへ。

このホテルがまたスゴイッ!好きだッ!こんなヤル気の無い殺伐としたホテルは!
なんかホテルを見た時は、どういうワケか嬉しくなってしまいました!
カラバフまで来て、「ホテル・イェレヴァン」や「ホテル・コングレス」のような
ホテルは当然期待なんかしていませんでした。

むしろ、日本では探しても到底見付ける事が出来なさそうな「幽霊屋敷」のような
ホテルを見た瞬間、「コレぞ、カラバフのホテル!」と飛び上がらんばかりの喜びよう!
中に入ると、それはもぅアチコチ傷んではいるのですが、由緒正しき「旧ソヴィエト系ホテル」
だったので、抑えきれないほどの喜びが沸いて来ました。

部屋に通されると、なんとも寂しい場末の木賃宿みたいでもぅ!!!嬉しさ倍増ッ!
とにかく、5日もシャワーを浴びていなかったのでシャワーを浴びる事に。
すると、「1000ドラム払えッ!」とホテルの従業員らしき人は言う。
とにかく、5日もシャワーを浴びていなくて頭がメトメトだったので払う事に。

そしてまた、このシャワーがスゴイ!
「アルメニアでシャワー」のところでも書いた、巨大な「バク」がポンと
付けられているだけでした。しかも、1台は故障中。
もぅ、この頃になると「もぅ何でもいいやッ!」という感じになってきて
自分の思考回路がメチャクチャになっていたようです。

お湯のシャワーを浴びれるだけ有難い!となってしまいました。
鍵がなかなか閉められなくて本当に困ったゾ!この時は。

とりあえず、シャワーを浴びてスッキリしたら先ほど大学で知り合った
女の子の家にお邪魔しました。庭付きの普通の一軒家でした。

歳を聞いてビックリ!まだその当時は17歳だったそうです。
日本で言えば高校生くらいなのですが、とてもシッカリした女の子でした。
なんでも、お兄さんはカラバフの戦争で亡くなられたそうです。
家のリビングに、彼の肖像画が飾られていました。
お母さんとお姉さんは今、ロシアに出稼ぎに行っているそうです(当時)。

見るからに優しそうで、頭の良さそうな本当に可愛い女の子でした。

その後は、中心の細長い通りをアッチコッチ歩き回る。
すると、ビックリした事にディスコのようなものを発見ッ!
ソヴィエト時代は娯楽が少なかったせいか、ディスコは若者の唯一の
ストレスの発散場所であり、男女が出会う唯一の場所だと
本で読んだ事があります。

カラバフにもちゃんとディスコがあるんですね。
日本人からすれば、「何とも殺風景なディスコ」かもしれませんが、
外から覗いてみると若者は楽しそうに踊っていました。

ステパナケルトの全体的な印象は、新興国家なので当たり前なのですが
「イェレヴァンと比べて、とても清潔でキレイな街だけど少し活気が無い」
という感じです。

ココでは、何でもモノがイェレヴァンよりも高いのだそうです。
どうしても、陸路を車で運ぶ為に様々な食べ物から飲み物、本やらタバコまでが
高い値段になってしまうそうです。ですが、僕は結構この街が好きです。

写真の順番がバラバラで申し訳無いです。
以下の写真がステパナケルトの中心部の写真です。どうぞ!


ステパナケルトの中心街へ


左手に見えるのは、戦争の犠牲者のためのお墓だそうです。


イェレヴァンとのあまりの違いにビックリ!


そして、中心街。非常に清潔そうな町並みでした。


建物も新しいモノばかりです。


アルメニアの結婚式。初めて見た時はビックリしたッ!


とにかく、道路が平らだったのには驚いたッ!!!


カラバフも建物はイェレヴァンあたりと変わらない感じでした。


花が売られています。本当に寒そうでした。


カラバフにも、庭付き一軒家とアパートがあります。


アルメニアの結婚式では、車が暴走します。注意しましょう!


レーニン広場(古い名称)。するとこの銅像はレーニンか?


レーニン広場を少し入った所。この辺は道路がボコボコしてました。


カラバフホテルの入り口。キオスクがポツンとあります。


確か、共和国最高会議庁舎だったような、、、朝食はいつもココでした。


「我らの山」像。天気が悪くて写真撮影に大失敗ッ!


近くの公園から街の様子を一望出来ました。


どうしたワケか、ココのお偉いさんと知り合いになれました。


公園にあったオブジェ。夏はキレイな公園なのだそうです(未確認)。


一応、小さな国ですがアルメニア共和国大使館だけあるそうです。


この時は気にして見ていなかったのですが、レーニンのようなそうでないような、、、


稼動していない遊園地らしきものも見付けました。


ホテルの近くにあったカフェ。入ってみたかったなぁ、、、


サッカー場です。子供達がサッカーをしていました。


およそアルメニアらしくない、非常に整った町並み。


公園も落ち着いた雰囲気で非常にキレイでした。


カラバフ・ホテルの裏手。どうなってるんだ、コレは?改築中ですか?


カラバフ・ホテルの近くから撮った写真。殺風景ですね。


コレがカラバフ・ホテルの全景。冬は来ない方が良いと思います。


左手の建物は教会。結婚式が行われていました。お幸せに!


なんだか分からないケド、新しい建物。まだ作りたてだったようです。


イェレヴァンにこんなキレイな建物はホテルくらいしか無いですね。


まだまだ、カラバフは建設中の「新興国家」なのです。


確か、アザトゥティアン通り。舗装された道路が美しいッ!


しかし、色彩に乏しい所はやはりアルメニアですね、


この辺では人々が普通に暮らしている様子でした。


但し、冬の備えて暖房の燃料用にの薪やら枝やらを沢山ベランダに置いていましたが。


やはり兵隊が沢山居ます。カラバフはまだ戦時中なのです。