「アルメニアのアッシリア人」


天気の良い気温38度の真夏日。アチー、、、ジリジリしてくる。
ティグラン・メッツ通りの映画館の近くからバスに乗って40分。

この日はまたもや懲りもせず「アルメニアに住む少数民族」に会いに
「ジミートロヴォ」という村を訪ねました。

初めてアルメニアに来た時も「アッシリア人の住む村」に行って
アッシリア人に会った事はあるのですが、その時は大した話もせずに
去ってしまいました。(今思うと惜しい事をした)

その時は、アッシリア人がアルメニアに居る事自体にびっくらこいて
しまったわけなのですが、彼等の事をアルメニア人に聞いたり
インターネットで調べたりしているうちに面白い事実が沢山出てきたので
「これは見に(会いに?)行かなくてはならん!」と思い立ったが吉日。

知り合いの大学教授が「友達が居るからソコを訪ねなさい、電話しとくから」
と言ってくれたので、図々しくも懲りずにまたもや突撃取材してきました。

バスの中から眺めていた道中の景色も非常に興味深かったです。
僕はどちらかというと、アルメニアでは歴史的な建造物よりも
それぞれの地域で人がどのように暮らしているのかに興味があるので
まるで子供みたいにバスの中ではキョロキョロとしていました。

イェレヴァンも車で20分も走ると農村ばかりが見えてきます。
その目的地「ジミートロヴォ」も典型的な農村でした。


アルメニアの典型的な農村「ジミートロヴォ」


ココに歴史的な民族「アッシリア人」が住んでいるそうです。

教授の言っていた通り、バスを降りたらスグに「教会」が見えてきました。
アッシリア人の教会だと言っていましたが、、、パッと見た感じは
ロシア正教の教会と殆ど変わりがありませんでしたね。
アルメニア正教のソレとも違うし、、、(聖グリゴリアン?)
小じんまりとした、外見に特にコレと言った特徴の無い普通の教会でした。
ですが、コレが正真正銘の「アッシリア人教会」なのだそうです。


アッシリア人の教会(何派の教徒か聞くのを忘れた!)

ふと、横を見やると何故かアルメニア正教のシンボル「ハチュカル」がありました。
何か書いてあるので読んでみると「キリスト教を国教として受容した年から数えて1700年目
(2001年)の記念年にアルメニア正教の教会からプレゼントされた」みたいな事が
書いてありました。なるほど、どうりで真新しいワケだ。


何故アッシリア人の教会に「ハチュカル」が?

入り口を見てみると、、、オォッッッ!!!アッシリア文字だッ!でもサッパリ分からない!
って、「ぷよぷよ」に出てくるスライムみたいなのが沢山並んでてまるで他の文字と
区別が付かないのですが、、、ウッゲェー、、、コレが文字ですか?象形文字みたいだ、、、


アッシリア語、分かる人いますか?


教会の入り口。とても簡素な感じが良いですね。

そして、教会の中へ。日曜日なのに誰も居ませんね。こんな事で良いのでしょうか?
写真の撮影は禁止だとロシア語で書かれていたのですが、「コレはチャンスだ!」と
言わんばかりにバシバシと写真を撮りまくってしまいました。(う、バチあたりだ、、、)
ハテ?何で誰も居なかったのでしょうか?不思議ですね。
出来ればアッシリア人の神父に会ってアッシリア人とキリスト教との繋がりやらイロイロな話を
聞いてみたかったのですが、、、チョット残念。

さて、内部をみ見て真っ先に気が付いたのがロシア正教と同じ「イコン」がある事ですね。
というか、外見もロシア正教の教会とほぼ一緒でしたが、内部もほぼ同じという感じです。
結構、コレは意外でした。何かアッシリア人独自の建築様式があると勝手に思い込んでいたからです。


教会の内部。とても手入れが行き届いていてキレイでした。


ロシア正教の教会と寸分変わらないと個人的には感じましたが、、、


十字架もありました。コレはあまりアルメニアの教会では見ないですね。

フラフラとほっつき歩いていたら教授が紹介してくれた女の子に会えました。
名前は「マリアムさん」。アルメニアのこの村で生まれたアッシリア人。
見た目は、、、ハッキリ言って街で見掛けてもアルメニア人の女の子と区別が付かないです。
でも、少し照れ屋な可愛い女の子でした。
因みに彼女は大学でアラビア語を学びながら学校でアッシリア人の子供にアッシリア語を
教えているそうです。「学生兼先生」ですね。

「リャンチキさんですね?教授から聞いています。質問は私の家でして下さい。すぐソコです。」

早速、お邪魔させて頂きました。(いつも「お邪魔」ばかりしてるな、俺って、、、)
室内はビックリするほど簡素でしたが、逆にアルメニア人の家みたいにやたらと飾っている
ワケではないのでかえって安心してしまいました。

マリアムさんの家族全員が出迎えてくれたのにはビックリ!
「やぁ!よく来たねー!日本人がアッシリア人に関心を持ってくれるなんて嬉しいよ」
親切に歓迎されてしまいました。ウーン、やっぱり地方の人達っていいな。

ご家族を見た時の正直な印象は、、、やはり「アルメニア人と区別が付かない」でした。
顔の雰囲気や、眉毛の形、髪の色、あまり大柄ではない体型、肌の色、鼻の形、、、etc
恐らく、お互い古い民族だから共通した部分が多いのでしょうね。

マリアムさんのお母さんがアッシリア語の教科書やら雑誌を沢山持って来てくれたのですが、、、
初めて見るアッシリア語に感動!って、なんとなくアラビア語みたいですが、、、

マリアム:「アラビア語に確かに似ています。でも、微妙に違うんですよ」

ワシ:「アッシリア語は世界で一番古い文字言葉と聞きましたが本当ですか?」

マリアム:「そうです。が、今みたいな文字になったのはかなり後ですケドね。
      コレがアッシリア語の原型です(おぉ!象形文字だ!)」

ここで、マリアムさんに「アッシリア語」をレクチャーして貰いました。
まず、右から左に流れるので非常に書き辛い。ですが、非常に興味深いですね。
基本的には「子音」しかないそうです。その母音の上下に点(みたいなの)をうって
「子音+母音」にするのだそうです。基本的に母音は二つ(厳密には4つ?)
「ア」「アア(?)」「イ」「ゥイ」、、、

でも、ご家族でアッシリア語で会話しているのを聞かせてもらったのですが、
流れるようなキレイな言葉でした。
ザッと聞いた限り、アルメニア語やグルジア語のような濁った発音とかは無くて、
先入観無しで聞くとヨーロッパの言葉のようだと個人的には感じたのですが、、、


ウーン、アッシリア文字って難易度がメチャ高そう、、、


因みにコレは子供向けの教科書。

ワシ:「アッシリア人は世界全体でどれくらい居るのですか?主に何処に住んでいますか?」

マリアム:「正確な数は分からないです。が、アメリカにもカナダにも居ますケド
      中東に位置する国々に多いです。」

ワシ:「大昔は巨大な領地を持つ強大な国家でしたが、、、?」

マリアム:「そうなんですよねぇ、クルド人とアッシリア人は自分の国を現在は持っていないです。」

マリアムさんのお母さん曰く、「イラクにも沢山のアッシリア人が住んでいるのよ。
え?イラクに居るアッシリア人もキリスト教徒かって?勿論、キリスト教徒です。
でね、フセイン政権が倒れたら現在のイラクの地に少しでもいいからアッシリア人の国を
作ろうと企んでいるのよ。クルド人も同じ事を考えているみたいだよ。
それぞれ固有の言語を持っているのに国が無いというのは、やっぱり寂しいからね。
アッシリア語で教育を受けて、アッシリア語で生活を送れる国が欲しいというのは
私達の悲願でもあるわけです。それは、中東に散らばってるクルド人も同じ。
ほら、コレがアッシリア人の国旗(?)です。(真ん中に水色の手裏剣のようなものが、、、)

私達アッシリア人の先祖もトルコ人によるアルメニア人大虐殺の時にだいぶ殺されたからねぇ。
勿論、数は少ないけどトルコにもアッシリア人は居るよ。でも、アッシリア語を喋れるかどうかは
分からない。アルメニアで生まれたアッシリア人の中にはアッシリア語を喋れない人も居ます。

名前の苗字はアルメニア風の名前の人も居るし、ロシア風の人も居る。ロシア風の人が多いケドね。
教会はロシア正教とほぼ同じ。私達は歴史的には丸っきり「クリスチャン」なんですよ。

ココは昔、アッシリア人しか住んでいなかったんだけど連邦が崩壊して仕事も無くなってしまって
多くの人がロシアに移住してしまった。ロシアで私達みたいな顔をした靴の修理屋がいたら
それは多分「アッシリア人」だと思う。何故か「靴の修理屋」が多いんだよ。

ウン?もし「アッシリア共和国」が樹立されたらアルメニアから移り住むかって?
私はもう歳だからねぇ、、、でも、死ぬまでに行ってみたいし見てみたいね。」

マリアムさんはロシア語、英語、アルメニア語、アッシリア語、そして今大学で学んでいる
ドイツ語、アラビア語が喋れるそうです。(スゴ過ぎる、、、)
更にヘブライ語やもう一つ忘れたけど言語を習得する予定なのだそうです。
どうして、文字も文法も丸っきり違う言語をマスター出来てしまうのだろうか、、、?
半分で良いからその能力を分けて欲しい。

その後、自分の所の畑で採れた葡萄や桃を御馳走になりました。

アッシリア語は絶滅の危機に瀕しているのだそうです。
お母さんは子供向けにアッシリア語の教科書を今一生懸命に作っているのだそうです。

「今、1,2年生向けの教科書を作っているのよ。でも、出版するには
1万ドルもかかってしまう。そんなお金は当然無いし、、、
アッシリア人のコンフェレンスがスウェーデンで開催された時に、アメリカに住む
アッシリア人がお金を工面するって言ってくれていたのに、その後はなしのつぶて。

でも、世界中に散らばったアッシリア人の為にもいつかはこの教科書を出版して
配ろうと思っているのよ。

アッシリア語の教科書を作るのはとにかく大変。(確かに、、、)
基本的にコンピューターで打ち出したものをプリントアウトして
その後、母音記号を切り貼りして継ぎ足すのよ。気が遠くなる作業だね。」

その後、親切にもアッシリア語で書かれた聖書を頂きました。(貰ってばかりだな、、、いつも)

「アッシリア語を勉強したくなったらいつでも来なさい!」とはマリアムさんのおじいさん。

この小さな街には何故かドイツ人の家族が住んでいるそうです。
何故か気に入って、そのまま住んでいるとの事。不思議な人も居るものだ。(自分もそうか?)

ウーム、、、早速ロシア語で書かれた「アッシリア語文法書」を探してみよう。

このコーカサスには民族の数だけ言葉があるのです。なんとも興味深い土地じゃないですか!
何千年、何百年経っても「言葉」というモノは絶滅しないんだから不思議なものですねぇ。
そこにはやはり、各民族が大切にする文化が根付いているのでしょう。

コーカサスにはどうか近代的な合理主義に毒されず、いつまでもそのままでいて欲しい!と
思ってしまうのはこんな「不思議で神秘的な人達」に思いがけず会えるからでしょうか?