
「グルジア@ イェレヴァンからトビリシまで」
11月のイェレヴァンは寒い。(って、これからもっと寒くなるのですが、、、)
特に、夜中と朝方は非常に冷え込む。
タバコを吸ってるワケでもないのに、息を吐くと「ボワーッ」と白いのが、、、
そんな11月末のある日、タクシーをスッ飛ばして有名な「アララト・コニャック社」
の近くにあるバス(マルシュートゥカ?)停留所へ。ウゥ、、、寒い。
タクシーから降りたばかりなのに、何を考えているのか白タクから
「タクシー?タクシー?」と言われる。たった今、タクシーで到着したんだよ!
で、、、トビリシ行きのマルシュートゥカを探すと、、、有った!有った!
ウワー、小さいなぁ。でも、三菱だ。
日本では一人暮らしの人が引越しの時に使うワゴン車、又は
バンドマンが機材車に使うあの四角い車が何台も並んでいました。
「トビリシまで幾ら?」と聞くと、「6500ドラムだよ」と言われる。
もう乗っても良いのか?と聞くと「乗れ!乗れ!席が埋まらない内に!」と。
座って待っているのだが、ドアを開けっ放しにされているもんだからとにかく寒い!
あぁー、閉めてくれないかなぁ、、、調子悪いのにぃ。咳が止まらないしさぁ、、、
9時に出発のハズなのだが、8時半には満席になった。よって出発!
近くにトビリシ行きの大きなバスも停まっていた。ソッチはトイレ付らしい。
トイレに近い自分にはソッチの方が良かったような気もするが、
マルシュートゥカの方が早く着くと聞いたので、、、
でも、結構トビリシまで距離があるんですケド、本当に7時間で着くんですかねぇ?
きっと、道も悪いだろうしさぁ、、、?
運良く窓際に座れたのでずっと景色を眺めていた。
で、、、意外だったのが、てっきりセヴァンやディリジャンの方を通過して
トビリシに行くのかと思いきや、スピタクやヴァナゾールの方を通るらしい。
遠回りのような気がしたが、後になって理由が分かった。
ディリジャン方面の道よりも遥かにスピタク(キロヴァカン)方面の道の方が
道路がマトモ!従って「運ちゃん」はスッ飛ばす事、スッ飛ばす事。
ウネウネと曲がりくねった道もスピードを落とさずにガンガンとアクセルを
踏みつづける。(正直言って、怖かった)
延々とセピア色の山だらけの景色の中に、時々ポツンと村が有る。
大きいのでも3000人くらいしか住んで居なさそう。
小さい村なんてそれはもぅ、、、100人とか、それ以下とか。
が、この辺の景色は何度も見ているのであまり興味が無かった。
もっぱら関心があったのは、、、ちょうど2年前に訪れてその後
どうなったのか分からない「大地震で倒壊した村・スピタク」だった。
車に乗って1時間半でスピタクに到着、、、
オォ!2年前に比べたらだいぶ良くなっている!(ような気がした!)
前は道路から建物から凄まじいほどにメチャクチャのボロボロだったもんなぁ。
まぁ、遠くから眺めていただけなのでどれほど復興が進んでいるのかは
よく分かりませんでしたけど、2年前よりだいぶマシなような気がしまた。
だけれども、、、きっとソコに住んでいる人達の生活は本当に大変なのでしょうけど。
その後、ロリ地区にあるヴァナゾールという街を通る。
ウーン、流石イェレヴァン、ギュムリに次ぐ3番目に大きな都市(町?村?)
と言われるだけあって、10階建てくらいの団地がバンバンと立ち並んでいた。
恐らく、地震の影響を受けて建て直したのかもしれない。建物も比較的新しい物が多い。
が、割と新し目の建物が多かったので町全体がキレイで清潔そうな印象があった。
しかし、、、かと言ってそれ以外に特に見所がある町(村?)というワケではない。
ごくごく普通の、旧ソヴィエト圏に良く見られるような地方都市だった。
時間が有ったらいつか北の方面も小さい町を虱潰しに探検してみようと思う。
そして、、、だんだんとトイレが我慢出来なくなってきた。
「運ちゃん」は時々勝手に車を止めて、物陰で用を足していた。
一番奥の端っこに座っていた自分は、その時に車から出て行くことが出来ず、
用を足せなくて、ひたすら我慢し続けていた。
そろそろ止まってくれないとツライなぁ、、、と思っていたらば、、、
人口100人も居ないんじゃないか?という程の小さな村に車が止まった。
運ちゃん曰く「ココでお昼ご飯休憩をしまーす」との事。助かった、、、
町の名前は「ゾラケス」。高い山に囲まれた本当に小さな村でした。

ゾラケスという小さな小さな村で休憩。
全員トイレを済ませたら、何やら休憩所のような所に入って行く。
とりあえず、自分もくっついていった。
イキナリ大きな声で、「シャシリクやキャバブは要らんかねぇ?」と。あぁ、ビックリした。
水物を飲んだらまたトイレに行きたくなっちゃうかなぁ、、、と思いつつも、
コカコーラ1本とキャバブを頼む。
僕は順番が最後の方だったので、待っている間にその辺を歩き回ってみた。

実物は絶景でしたよ!右側に小さな橋があった。

手前の小さな白い建物がトイレ。所謂、「旧ソ連式」簡易トイレ

こんな所にも人が住んでいるんですよねぇ。

何でも、バスで来る人の為の休憩所・レストランらしい。

少し離れた所にはアパートらしきものも、、、
周りの景色を見渡すと、コレがまたなんとも不思議な景色で
「山に囲まれた小さな町」というのが正しいのか?それとも、
「絶壁の岩山に囲まれた寒村」と言うのが正しいのか?
しかし、日本では見る事が出来ない不思議な不思議な「アルメニア北部の町の景色」は
初めて見る旅行者にとってはとても面白いに違いない!
実際、この辺は車が少ないせいか空気が非常に清んでいて、気持ち良かった(寒かったが、、、)
アチコチをパシャパシャと写真を撮っていたらオバチャンに
「キャバブ出来たよー!」とお声が掛かった。早速、休憩所に戻ると、、、
ウーン、この雰囲気は好きだなぁ。歩くと床がキシキシと軋む。
テーブルも4脚の長さが合っていないのか、ガタガタと揺れる。
そしてキャバブは、思いのほか「美味しかった!」のである。
アチャー、、、こんな事なら2つ頼めば良かった。
長旅でお腹が空いたら気持ち悪くなっちゃうのに、、、
でも、イェレヴァンと違ってこういう小さな田舎は非常に独特な雰囲気がある。
自分はイェレヴァンに住んでいるが、やはり地方に行くと何かと楽しい!と、思う事がある。
そこでは、人々が本当に質素に、余分な贅沢もなくひたすら静かに暮らしている。
確かに娯楽は全くないが、、、1週間くらい、こんな静かな場所でゆっくりしたいなぁ、、、
等と思っていたら、、、ホーンを鳴らしまくりの車が数台道路を駆け抜けて行った。
あー、今日は土曜日か。田舎の方でも結婚式のやり方は一緒らしい。
窓から眺めたら新郎・新婦が幸せそうに「大騒音」と共に走り去っていった。
後で知ったのだが、グルジアも結婚式のやり方は一緒らしい。
ガンガンと信号無視して、騒々しく車で爆走していく。
ロシアやウクライナは知らないが、カフカスの「正教徒」達は
こんな風に結婚式をするものなのかもしれない。
(知らない旅行者にとっては「何事だ???」と恐怖を感じるかもしれないが、、、)
食べ終わってくつろいでいたらば運ちゃんが「そろそろ出発するよー!」と。
その後、何度か走行中「ヒヤッ!」とする事はあったが、アッという間に
アルメニア-グルジアの国境に到着。早かったなぁ、、、
橋をまたいだ向こう側は既に「グルジア」。国旗が風に揺られている。
オォ!生まれて初めての陸路での国境超えだ!チョットだけドキドキ!!!
写真を撮っても大丈夫かなぁ?やっぱりダメかなぁ?
等と思っていたら案の定、日本人である「自分」だけ事務所に呼び出された。
一番奥に座っていたから、出て行くだけでも大変なのに、、、
「面倒な事になったらイヤだなぁ」と、内心は困っていたのだが、
レジデンス・カードを見せたら呆気無く「あ、持ってるの。じゃ、行っても良いよ」と、係員。
あー、良かった。賄賂をせしめられるかと思ったのだが、、、
さて、運ちゃんが手続きをしている間、車の外でタバコを吸いながら、
向こうから来る車、つまりグルジアからアルメニアに行こうとして足止めされている
車を観察していた。
とにかくスゴイッ!ボロボロの「ヴォルガ」や「ジグリ」に詰めるだけ「柿」を詰め込んでいた。
後部座席、助手席にいーっぱい!多分、トランクルームも柿でいっぱいなのだろう。
しかも、車の屋根にまで箱を縛り付けてソコにも柿を積んでいた。(落っこちないのか?)
ある車は「みかん」だったり、あるくるまは「ざくろ」だったり、そしてある車は「野菜」だったり。
グルジアの方が果物や野菜の種類が豊富でしかも安いらしい、と言う話は
いろんなアルメニア人から聞いていた。
黒海に面しているから、物流がアルメニアより遥かに楽で衣料等の日常品も
幾らか安いとも聞いていた。
皆、グルジアで買ってアルメニアに売るらしい。しかし、、、壮観ですね。
とりあえず、何事も無く「アルメニア側」は通過出来た。そして、問題の「グルジア側」へ。
どうせまた自分だけ呼び出されるだろうと思っていたので、国境を越えた所で
自分だけ車から降りて待っていた。
アーミー服を着たグルジア人兵士達が珍しそうに自分の方を見ている。
が、待つ甲斐も無く思いっきり肩透かしを喰らった。
自分の顔を見たら、「ウン、何で外に出てきたの?座っていて良かったのに。」と言われた。
アレー???それだけですかぁ???
ウーム、イェレヴァン在住の研究者・百戦錬磨の猛者のYさんでさえグルジア国境では
賄賂をムシリ取られたと言っていたのに、、、身構えて損したな。
というワケで、非常に呆気無く「グルジア側」も通過。そしてグルジアへ!
オォ!ココがグルジアかッ!なんとなくアルメニアと変わらんような、、、
って、この辺はグルジアでもアルメニア人が沢山住んでいる地域だから
当たり前だが、、、
が、カラフルな建物や家が多いように感じた。
家の壁を淡いグリーンや紫、水色に塗ったりしていてキレイだった。
ウーン、ついにグルジアに来てしまった!うらぁぁぁぁぁッ!!!
と、喜んだのも束の間。
グルジアに入った途端に恐ろしく道が悪くなった。とんでもないデコボコ道。
アルメニアの悪路の場合はただ単に穴が「ボコン!」と開いているだけ(非常に危ない)なのだが、
グルジアの国境付近の道は穴が開いている上に無数の大きな石が転がっている。
時々、「ズルッ」と横にズレたりして非常に危ない。
それ以上に、車の揺れが余りにも酷くてだんだんと「車酔い」してきた。
おまけに、窓側に座っていたもんだから何度も頭をアチコチにブツけた。
こうなってくると、当然の事ながら景色を楽しむ余裕なんてなくなってくる。
「アルメニアの方が道だけは全然マシたぁ、どういう事じゃーーーッ!」と
文句の一つも言いたくなる。
これだけガタガタ揺れると下腹部の方に圧迫感が来て、どうにもトイレに行きたくなる。
あぁ、、、最悪。「しんどいよー、帰りたいよー」と弱音を吐きまくり。
この時、あと10分デコボコ道が続いていたら吐いていたかもしれない。
40分ほど上下左右にガタンガタンと揺られたら、やっとこさ「マトモな道」になった。
あー、助かった。トビリシまでずっとこんなんだったら到着する頃にはグロッキーだったな。
しばらく気分が悪かったのだが、窓を開けて換気するなどして幾らか良くなってきた。
景色を見る余裕も出てきたので、「ボーッ」と眺めていた。
さて、、、意外だったのは地方都市には結構「ロシア語の看板」が沢山残っているという事だった。
アッチコッチで見掛けた。撤去されたのはトビリシだけなのかもしれない。
一番、不思議なロシア語で書かれた看板が「ロシアのヴィザ」という看板。何だコレ?
後で分かったのだが今現在、ロシアとグルジアは「チェチェン問題」の事で
お互いの言い分が噛み合わず、非常に揉めているらしい。
んなもんだから、ロシアの方がグルジアに「キレ」て「グルジア人がロシアに来る場合は
絶対にヴィザが必要!つまり、、、日本人同様、例えトランジットでもヴィザを取得しなければ
いけない」ようにしてしまったらしい。
はぁー、だから「ロシアのヴィザ」の看板が沢山有るんだ。
同じCIS圏でもイロイロと有るようですね。(アルメニア人はヴィザ無しでロシアに行ける)
そして、、、だんだんと中心に、つまりトビリシに近づくに従って
あのゼンマイみたいなクルクルと丸まっちいグルジア文字の看板が増えてきた。
この時、「やっとトビリシに着いた!」と感慨もひとしお。
、、、しかし、よく考えてみたらトビリシからイェレヴァンに帰る時は
またあのトンデモナイ「デコボコ道」を通って帰らなくちゃいけないんだぁ、、、
と思ったら、なんとなく憂鬱。とっても憂鬱。飛行機ないのかな、、、
そして、、、美しいトビリシの街へ。