
「グルジアA 麗しの古都・トビリシ」
トビリシのバス停に到着。イェレヴァンのバス停より少し大きい感じ。
国境を越えた辺りで気が付いたのだが、グルジアはアルメニアよりも幾分暖かい。
デコボコ道を抜けた辺りから、暑くてジャンパーを脱いだくらいだった。
とりあえず、やっとこさキッツイ乗車から開放された事が嬉しかった。
マルシュートゥカから降りようとしたら、グルジア人に、
「バーレブ、バーレブ、タクシー?」等と声を掛けられてズッこけた。
まさかトビリシでアルメニア語を聞くとはなぁ。迎えの人は来てないかなぁ、、、
と思っていたら、予約したホテルの運転手さんがキチンと迎えに来てくれていた。
30分も早く出発したから、到着も30分早いハズ。
正直言うと、「少し待たないとダメかなぁ、、、」と思っていたので意外だった。
一昔前のグレーのゴルフ。早速、乗せて貰ってホテルに向かう事に。
車の中で彼にイロイロと話を聞く。
なんと、話していて分かったのだが運転手さんのお父さんはグルジア生まれの
アルメニア人、お母さんはグルジア生まれのロシア人だと言う。
言われてみれば、アルメニア人ぽい顔立ちをしているような、、、(特に鼻)?
自分は何処に行ってもアルメニア人には縁があるらしい。
話によると、トビリシには結構アルメニア人が住んでいるとの事。
グルジアは首都の「トビリシ」でも住むのが非常に困難だ、と言っていた。
何が大変かと言えば、一番に仕事が無い。電気が無い。風呂が無い(?)。
この運転手さんも「ソ連時代の方が全然良かった。カフカスはロシアよりも断然豊かだった。」
と話してくれた。コレは大体の年配のアルメニア人も同じ事を言う。
話している内に、トビリシの中心街に車が入って行く。
ブッたまげたッッッ!!!オォ、コレがトビリシですかぁーーーッ!!!
うぉーッ!都会だゼーッッッ!!!つーか、街の雰囲気がとっても華やかッ!
先入観無しに見れば、「ヨーロッパの古都」という感じ。
同じカフカスなのにイェレヴァンとはココまで違うものかッ!と驚いてしまった。
まず、道が複雑に入り組んでいて曲りくねっている。が、道路は整然としている。
建物は色とりどり、様々な美しい建築がキレイに並んでいる。
アルメニアの建物はそれこそ「単色・セピア色」だから、町全体に色彩感が無くて
街を見渡すと、まるでセピア色に褪せた写真を見ているかのような錯覚に陥る。
が、トビリシは違うようだ。散歩したらとっても楽しそうな複雑な町並みである。
そして、アルメニアやウクライナでは殆ど見掛けないかなり急な勾配の「坂道」もある。
運転手さん曰く、「オスマン帝国、ペルシャ帝国、帝政ロシア帝国等の大国に
支配されていた歴史があるから、それらの建築様式が複雑に交じり合って
町全体がとても不思議な美しい雰囲気を醸し出しているんですよ。」との事。
ウーン、素晴らしい!来て良かったッ!しかし、、、久し振りの「都会」だ。
そして、更にマクドナルドを発見ッ!!!オォ!まさに「都会」だッ!
くぅーッ!「おのぼりさん」丸出しでチョット恥ずかしい。
イチイチ驚嘆していたら、運転手さんに笑われてしまった。

トビリシには2つマクドナルドがありました。
そして、かの有名な「イベリア・ホテル」を発見ッ!オォ!コレぞ「トビリシ名物!」
記念に写真を撮っておこう。相変わらず、難民の方々に占拠されている様子でした。
洗濯物は干してあるし、ベランダは改造して小さな部屋にしちゃってるし、、、
しかし、このホテルこそ現在の「グルジア」の象徴なのではないだろうか?と思ってしまった。
独立直後、内戦に次ぐ内戦。対アブハジア戦争、対南オセチア戦争、そしてチェチェン問題。
アブハジアに住んでいたグルジア人達がアブハジアから追い出されて仕方なく住んでいるのが
この「イベリア・ホテル」。鮮やかな色彩のトビリシの中心街にあって、この建物だけポツンと寂しい感じがする。

2階の一部は旅行客も泊まれると言っていた。地元の人曰く「ヤメた方が良い!」との事。
自分の好きな歌手に「ジアンナ・グルーツカヤ」という盲目のシンガーが居る。
彼女はアブハジア生まれのグルジア人。ロシア語の歌詞のポップスを歌う。
彼女の声を聞いていると、何故かとても切ない気持ちになる。
声が美しく、艶やかで、そしてとても伸びやか。テレビに出ているのを見ると
あんまりにも健気で思わず涙が出そうになってしまう。
グルジア人シンガーの声には独特の「哀愁」がある。
何時の時代においても困難な国内の状況に加え、絶えず周辺の大国に占領され続け、
絶えず騒乱の場となっていたからだろうか?だからかも知れない。
「西施のひそみ」とでも言うべき独特の「物悲しさ」を彷彿とさせる感情が
彼等、彼女等の声にはあるような気がする。
等と思っていたら、ホテルに到着。ゲッ!コレがホテルですかッ!!!
って言うか、「ゲストハウス」にしか見えんゾッ!しかも、エラく入り組んだ辺鄙な場所だし。
等とボヤいても、既に予約してしまっているので一泊は絶対にしなければならない。
どうやら客は自分しかいないらしい。
そんな事よりも、少し中心から外れた複雑な道をウネウネと入って行った先にある。
コレでは方向音痴の自分は、何処かに出掛けたら帰って来れなくなるのは明白である。

この坂道を上がったチョイ先にその「ホテル(?)」は有った。
ウーン、困ったなぁ。スグに両替もしなくちゃいけないし。ワインもビールもタバコも買いたいし、、、
まぁ、仕方が無い。初めての土地では大体こんなものでしょう。でも、チョット失敗だったな。
ホームページには「トビリシの中心に位置する」って書いてあったんだがなぁ。
但し、従業員の態度は決して「良く」はないが想像していた程には「悪い」とも感じなかった。
亡くなられた(自殺した)ガムサフルディア元大統領は、独立直後に極端なほどの
反ロシア政策を実行した。国民にもソレを強要した。そして、ロシアから経済制裁を喰らった。
だから、「もしかしてロシア語喋ったらイヤな顔をされるのかなぁ」と思っていたのだが、
思いの他グルジアは「アルメニアよりもロシア語が良く通じる国」だと分かった。
そしてこのホテル(ゲストハウス?)のマネージャーらしき女の子は非常に流暢な
ロシア語を喋っていた。確かにトビリシの街中には「ロシア語の看板」は無い。
独立直後に全部撤去されたのだそうだ。
無いが、街を歩いていたらグルジア語と同じくらいロシア語も聞こえて来た。
後述するが、この国は「親ロシア的グルジア人」と「愛国主義的で反ロシアなグルジア人」に
分かれるらしい。なので、街中のお店やレストラン、カフェで「ロシア語」を喋っても嫌な顔をされた事は
無かったし、「当然ッ!」と言わんばかりに流暢なロシア語が返って来る。
さて、アルメニア人は?と言うと「そんな事はどうでもいい、仕事をくれれば何でもいい」という投げやりな態度。
「ナショナリズムだけでは、お腹はいっぱいにならない」という事に割と早く気が付いたようだ。
むしろ、アルメニアに限っては「ロシアとの結び付きをコレまで以上に強めたい」という意図が伺える。
一方、ロシアのプーチン大統領は「アルメニア国内の総人口よりも多く、ロシアには沢山のアルメニア人が
住んでいる。お前の国がメチャクチャだから、ドンドンとアルメニア人がロシアに流出している。
もうチョット、しっかりやれッ!」とコチャラン現大統領にハッパをかけたらしい。
大体、コチャラン現大統領もカラバフ出身なもんだから、アルメニア語よりもロシア語の方が得意な人である。
「国」という概念はなかなか定義し難い。言葉だの文化だのが複雑に絡むと余計にややこしい。
等と思いつつ、荷物を置いてとりあえず外に出てみた。
もう時刻は夕方だったし、疲れてもいた。今日の所は両替だけしてグルジア特産の
「ビール」と「タバコ」、そして何と言っても有名な赤ワイン「フバンチカラ」と「キンズマラウリ」を
買う事だけは外せない。是非とも現地で飲んでみたいと常々思っていたからだ。

意味も無く、ホテル(?)近くのアパートを撮影。

ソコら中に「松の木」が生えていました。
どうでもいいような写真だが、撮ったのにはちゃんとワケがある。
ホテルからの道順を「ココにはワイン屋があった」とか、「ジーンズ屋があった」とか
こまめにチェックして書いていた。どうせスグに忘れるだろうから。
道がどうにも「ややこしい」ので、万が一本格的に道に迷ったらデジカメの写真を通行人に見せて
道を聞くつもりだった、というのが一番大きな理由。(結局、役に立たなかったが、、、)

建物、町並みは美しく、ウクライナの古都「オデッサ」のようだった。

散歩するならイェレヴァンよりも楽しいかもしれない。
中心街を歩いていて気が付いたのだが、とにかく「外車」が沢山走っている。
完膚なきまでに「経済破綻」した国とは思えないほど、BMWやメルセデスが走り回っている。
しかし、よく見ると一昔、二昔前のモデルだ。でも、「ソ連車」の数がイェレヴァンと比べると
相対的に少なく、ドイツ車やスウェーデン車、日本車が沢山走っていたのには驚いた。
コレについては後述します。ココではグルジア人に限らずコーカサス人特有の「見栄っ張りな心理」が
大いに作用しているらしい、とだけ書いておきます。
しかし、事情がその時は飲み込めなくて「そんなに経済は悪くないんじゃないか?」と感じた。
アルメニアに初めて来た時も、「皆が言う程、悲惨だとは思えないが、、、」と思ったりしたが、
実際に住んでみて初めて「経済が破綻している」という事実を認識した。
そして、、、道行くグルジア人ギャルが噂通りに「可愛い!」のにはビックリ!
グルジアを訪れたいろんな人から「グルジア人の女の子は可愛い!」とは聞いていた。
確かに、アルメニア人よりも肌の色が白い。髪の毛の色も明るい感じ。
目の色も様々。ウォォォ!何でこんなにアルメニアと違うのだろうか?
国境を挟んでこんなにも「人種」というのは変わってしまうのだろうか?と思うと、不思議な感じさえした。
何かの本に書いてあった事を思い出した。
「アルメニアは中東、アラブ社会への入り口。グルジアはヨーロッパ社会への入り口」と。
街中を少し歩いただけでそう判断するのは性急かもしれないが、「そうかもしれない」とこの時は思った。
アルメニア人は確かに「濃い」顔立ちをしている。特に「ヤロー」の顔は非常に濃い。
が、グルジア人の男性はアルメニア人男性の顔立ちに比べれば遥かに薄い顔をしている。
何も言われなければ「ギリシャ人」とか、「南の方に住むイタリア人」といった感じだった。
アルメニア男の顔が「極悪非道な指名手配犯」で、ロシア男の顔が「こすっからしい、インチキ臭い詐欺師」
だとすると、グルジア人男性の顔はそのちょうど「真中らへん」という事になる。
全然、分かりにくい説明だが、どっちにしろ「悪人」顔ではある。しかし、笑うといい顔をする。
しかし、、、少しキツイ顔立ちかもしれないが、グルジアの女の子は確かに可愛いと思った。
別にそれだけ見ていたワケではないが、グルジアの女の子は全体的にアルメニア人の女の子に比べて
ホッソリとしているという印象を持った。お尻も小さいし、足も長い。
とりあえず、両替は済ませた。この日のレートは「1ドル=2,19ラリ」。
なので、日本では絶対に行かなかった「マクドナルド」に行ってみる事に。
街中は「グルジア文字」だらけ。何やら不思議の国に迷い込んだような、
初めてアルメニアに来た時のような懐かしい気持ちがこみ上げてきた。

何の建物か分からないが、とにかく撮ってみた。

その近くに有った銅像。

同じく、銅像。

一泊でよいから宿泊してみたかった「ホテル・イベリア」
そして、マクドナルドへ。メニューが全部グルジア語で書いてあるから全然分からない。
しかし、「ビッグマック」と「フィレオフィッシュ」が有る事は写真を見て分かった。
「スミマセン、アレ(ビッグマック)とアレ(フィレオフィッシュ)とコーラを下さい。」
と言ったら、ソ連圏とは思えないほどの笑顔でテキパキと対応してくれたッ!(オォッ!)
ウーム、日本では当たり前の事かもしれないが長く「ソ連圏」に住んでいると
こんな「サービス」や「笑顔」にビックリしてしまう。
そして、よく見たら従業員の女の子がこれまたメチャ可愛いッ!
もしかして顔で採用・不採用を決めているのでは?等と勘繰ってしまった。
名札に書かれているグルジア文字を一生懸命に読もうとしたが、チャキチャキと
動き回るので結局読めなかった。
しかし、、、やはり商売をする上で「サービス」や「笑顔」はとても重要な要素だと、この時改めて思った。
よくぞ、ココまで「笑わない・働かない」ソ連人を教育出来たものだと感心してしまう。
「マクドナルド」だけは、まるで異空間だった。女性職員は子供に風船や玩具を配っている。
味は、、、普通。まぁ、「マクドナルド」ですね。でも、久し振りの「フィレオフィッシュ」はなかなかの味でした。
その後、地下鉄駅近くに有った「ヴェルニサーシ」を見て回る事に。
本やら、民芸品が売られている。とりあえず、「グルジア語の文法書」と「辞書」が欲しかった。
一生懸命に値段交渉してロシア語で書かれた「グルジア語の文法書」を遂にゲット!
あー、念願がかなった!やっと買えた。(アルメニア人に比べれば割とまけてくれるような気がした。)
ハードカバーの本だったが、思いっきり値切って「2ラリ」にして貰った。(自分としては安いと思う。)

アルメニアには売っていない「グルジア語の文法書」
その後、キオスクでグルジア製のタバコを2つ買った。デザインはとってもシンプルでスッキリしている。
しかし、買ったは良いが読み方が分からない。赤い方のタバコは英語で「MTKVARI」と書いてある。
こんなに「子音」ばかりが並んでいると、日本人にはどう読むのが正しいのかサッパリ分からない。

グルジアのタバコ。他にも沢山有る。
そして、グルジアのビール「カズベギ」とワイン「キンズマラウリ」を買った。
カズベギは安かった(1ラリ)のだが、キンズマラウリは思いの他高かった(14ラリ)。
「ふっかけられているのだろうか?」と思ったが、値札にもそう書いてある。
こんなに高いんじゃ、地元の人は買えないじゃん。
、、、それとも、もしかしてグルジアの人は自分で葡萄を買ってきてワインを作るのだろうか?
ブツブツ言いながらも結局買う。

「キンズマラウリ」は何種類かあるが、コレが一番美味しかった。右がカズベギ・ビール
大通りだけを歩いていて、つぶさに観察していたのだがとにかく猫も杓子も「携帯電話」で話をしている。
街もお洒落なレストランや電気屋、スーパーマーケット等が並んでいる。とても「マズイ経済の国」とは思えない。
が、そんなものかもしれない。日本は不況だ!不況だ!等と言っても僕が日本に帰った時、東京の都心は
凄まじいほどの建築ラッシュだった。高層ビルがガンガンと建っていたのには驚いた。
しかし、歩いてみて思ったのだがイェレヴァンとは違ってとにかく「首都」らしい活気に満ちていた。
イェレヴァンの立場を弁護するならば、「歴史的・アルメニア」からすれば今のアルメニアの領土はほんの一部である。
元々の首都機能を果たしていたのは、今となってはトルコ領となってしまった「ヴァン」や「アニ」あたりだったらしい。
トルコに領土の殆どを取り上げられて、結果的に残った「大きな都市」がイェレヴァンだったというだけである。
だから、イェレヴァンはアルメニア共和国の首都とは言っても、「ソヴィエト連邦」という大きな国家単位で
考えるのであれば単なる「地方の一都市」でしかない。街の作りも所謂、計画に沿って作られた「ソ連型」の都市である。
それに比べれば、グルジアの首都トビリシは多少「内戦」やらで傷付きはしたであろうものの
歴史的には「原型」を留めているような気がした。
トビリシの街並みは美しい。キレイに歳を重ね、歴史を刻んだまさに「古都」だった。
やっかみの感情もあるのかもしれないが、アルメニア人はグルジアを語る場合、必ず以下の事を言う。
「グルジア文字を発明してやったのは、他でもない!メシュロプ・マシュトツだッ!」と。
メシュロプ・マシュトツは「アルメニア文字」を創造した人物。嘘か本当かは知らない。
暗くなってきたが、なんとなくカフェに行ってみたくなったので、とりあえずカフェに入ってみる事に。
座ったらメニューと一緒に「キャンドル」まで持って来てくれた。オォ、なんというロマンチックなサービス!
と、その時は「素晴らしいサービス」だと思っていたのだが、少ししたら「生活必需品」である事に気が付いた。
グルジア産の「カズベギ・ビール」を注文する。疲れていたせいかとても美味しく感じた。
でも、個人的にはアルメニア産の「コタイク・ビール」の方が好きかな。カズベギは少しクセがある。
購入した「グルジア語の文法書」を読もうとした次の瞬間、イキナリ一斉にカフェの電気が消えた。
最初は何かの冗談かと思ったが、入り口から外を覗いてみたらば「街灯」から、向かいのお店の電気まで
全部消えていた。あー、コレがグルジア名物の「停電」か。改めてエネルギー不足を実感する。
「キャンドル」はサービスでもなければ何でもない。このようにチョクチョクと停電するから「必要」なだけだったのだ。
カフェのウェイトレスや客からは、「またか!」という諦めにも近い溜息が漏れていた。
イェレヴァンで経験しているとはいえ、真っ暗なカフェに蝋燭の炎だけが揺れている光景は
自分にはとても「ロマンチック」に思えた。もっとも、ココで生活するグルジア人にとっては堪ったものではないのだろうが。
いつまで待っても電気が点く様子が無い。客はどんどん出て行っている。気が付いたら自分独りになっていた。
仕方なく、自分も勘定を済ませてカフェを出た。あらまぁー、通りはまるで電気が点いていない。
ウーン、トビリシ!なかなか面白い街だゾ!非常に気に入った!
帰りは迷いながらも、なんとかホテルに到着した。少しだけ食事をして眠る事に。
帰りがけに買ったワインを飲もうか飲むまいか迷ったが、コレ以上飲むと「疲れ」との相乗効果で
明日の朝起きれなくなるかもしれないと思い、「ボルジョミ」という炭酸水だけ飲んで寝た。
不思議な不思議なトビリシでの、初めての夜。