「トビリシE 常識と非常識の狭間で揺れ動く哀愁の古都」


トビリシは美しい街だ。個人的に非常に気に入ってる。
モスクワやレニングラード、オデッサ辺りとは雰囲気がまた違う。
東京やニューヨークのような、ギラギラした感じもない。
ましてやイェレヴァンみたいに、モノトーンな感じでもない。

少し枯れた雰囲気があり、街の眺めはとても落ち着いていて哀愁が漂う。
僕が行った時は、秋の終わりかけで冬の入り口だったからだろうか?
空はどんより曇っていて、うっすらと霧がかかっていた。
中世の街の面影を残したかのような雰囲気がある古都・トビリシは
CISに興味のある人なら一度は行ってみる価値は有ると思う。

もっとマトモな国で、常識のあるマトモな人が住んでいるのであれば、
死ぬまで住んでいても良いくらいだ。食事もワインも美味しいし。

問題なのは、街の美しさとは対照的にアルメニア同様、住んでいる人達が
メチャクチャのデタラメで、社会の秩序・倫理を原始時代に置き忘れてしまった事だろう。
この壮絶なコントラストは傍目には楽しいのだが、住んでるとイヤになってくる。

コーカサスに住むと、「常識とは何だろうか?」と考えてしまう事がある。
僕が持っている国語辞典で「常識」を引いてみると、

「普通、誰でもが共通して持っているような考えや知識」と書いてある。

この場合の「誰でもが」は、文化圏やら言語圏で仕切られる「共通」範囲の事だと思う。
だから、日本人の考える「常識」と旧ソ連人が考える「常識」は違って当然なのだ。
生まれ育った社会のシステムも違えば、伝統や文化、歴史も異なるワケだから。
つまり、「カルチャー・ギャップ」というのは、お互いの持つ常識のズレを意味する。

しかし、同じ旧ソ連人でも「常識」というものは異なるようだ。
ロシアでは「行列」が名物という事になっている。列を作って並ぶという事は、
日本人の「常識」からすると当然の事なのだが、コーカサス人は大人しく列を作って
待つ等という事は丸っきり無い(出来ない)。それはアルメニアでもグルジアでも同じらしい。

コレは彼等なりの常識であり、真昼間から信号を無視しまくって猛スピードで
道路を走り抜けて行くのは、彼等の中の「コモン・ロー」なのだろう。
人を轢き殺そうが、暴走する車にヴォトカの瓶を投げつけようが、ソレが彼らの常識なのだ。
そして、彼等なりの「常識」が積み重なった歴史の結果が、今のコーカサスなのである。

大体、「普通」という言葉なんてCISの人間にはあてはまらないのだから
日本人の考える「普通」の範疇に彼らを当てはめようとする事自体が、どだい間違いなのだ。

関係無いが、異なった社会で育つと同じ音の聞こえ方も変わるらしい。
日本人が鶏の鳴き声を文字で表すならば、迷わずに「コケコッコー」と書くだろう。
しかし、アルメニア人とロシア人には違った音に聞こえるのだ。

アルメニア:「ツゥグルグー」、ロシア:「クカレクー」


あー、だいぶ話が脱線してしまった。鶏の鳴き声なんてどうでもいい。


何が書きたかったか?というと、コーカサスのタクシー運転手の酷さだ。
わざわざ「常識とはなんぞや?」とツラツラ書いたが、コチラが呆気にとられるような
凄まじく「常識破り」なタクシー運転手にあたってしまったのだ。
まぁ、アルメニアでもこういうタクシーはわんさかと居るけどさぁ。

一部始終を説明しますと、、、

ホテルからタクシーを拾いました。グルジアのタクシーはフロントガラスに「TAXI」と
書いてあるので大変に助かる。 、、、しかし、コレが運の尽きでしたが。

そして、さっそく問題が起きました。「ムタツミンダ公園へ」と言ったらば、何の躊躇いもなく
「何処それ?」と逆に聞き返されてしまいました。ウソーン!何で知らないのさ?
トビリシで生まれたのか?と聞いたら「そうだ」と言う。
育ちもトビリシか?と聞いたら「そうだ」と言う。

、、、何でアンタ、タクシーの運転手なんかになったのさ?
俺だって初めてトビリシに来たんだから説明なんか出来ないよ。

すると、「あぁ、その辺を歩いている奴等に聞きながら行くよ。大丈夫!」
と、昨日のタクシーさんと同じようなシチュエーションになってしまった。
まぁ、最終的には着くのだろうケド、迷ってる時間が勿体無いんですがねー。

例えば、地方に住む日本人が観光で東京に来て、JR浜松町駅から東京タワーに行くべく
タクシーを拾って、タクシー運転手に「東京タワー?何それ?案内してくれる?」と言われたら
マスコミを巻き込んでの大騒ぎになったりしないのだろうか?少なくとも僕ならたまげると思う。

このオッチャン、トビリシ生まれのグルジア人なのに主要な教会には行った事も無ければ、
文化施設、ホテル、なぁーんにも知らないのである。
まぁ、くどいようだがアルメニアのタクシーも似たようなものだけれども。

日本人の考える「常識」なんて、コーカサスの人にはこれっぽっちも当てはまらないのだ。

なっとらん!京都のタクシーさんは複雑な道の隅々まで知ってるし、民宿の名前を言っただけで
連れて行ってくれるし、観光タクシーさんに至っては建築の事のみならず、歴史の事まで聞けば
教えてくれるというのに!京都のタクシーさんって、特別な訓練でもされているのかな?
それとも、京都という日本で唯一芸術文化が育まれた土地に対する愛郷心があるからなのかな?
とにかく、京都のタクシーさんは非常に偉いッ!ロンドンのタクシー屋も偉いッ
コーカサスのタクシー屋は、京都かロンドンで修行せいッ!

まぁ、カフカスのタクシーさんにソコまで求めちゃいないのだけれども、
観光ガイドブックに載ってる教会やら何やらは最低限知っていて欲しいものだ。
(↑こんな風に、「仕方無い」とコチラが妥協するから連中の脳味噌はトリップしっぱなしなのだ。)

タクシー運転手と話していて分かったのだが、ただ単に適当で自分に関係の薄い事は
記憶に留めておかないタイプの人のようだった。
40歳になるそうだが、生まれてこのかたトビリシから一歩も出た事が無いらしい。

不安だ。とにかく不安だ。アルメニアなら地理が分かっているから良いのだけれど、
トビリシの事なんてサッパリ分からない。もぅぅぅ、こんなのばっかりぃぃぃぃぃ!!!

試しに、イロイロと質問してみた。

以下に書く事は、誓ってウソじゃないゾ。本当にタクシーの運ちゃんがこう答えました。


ワシ:「アジャラは自治州という事になってますけど、言葉はグルジアと一緒ですか?」

運ちゃん:「さぁ、知らねーよ。多分、違う言葉を喋ってんじゃねーの。」

ワシ:「、、、(しばし沈黙)文字も違う文字使ってるんですかねぇ?」

運ちゃん:「さぁ、知らねーよ。多分、違う文字なんじゃねーの。」

ワシ:「、、、(んな、アホな!)トビリシの事以外は何も知らないんですか?」

運ちゃん:「(キッパリと)知らねーなぁ。知る必要もねーだろう?」

ワシ:「じゃ、なんでムタツミンダ公園が何処にあるか知らないのさぁ!」

運ちゃん:「さぁ、知らねーよ。殆どのグルジア人は知らねーんじゃねーか?」


もぅ、ヤダァァァァァ!アンタ、本当にグルジア人なのかよ!アーーーン???


しかし、運が悪い。こんなタクシーばかりじゃないんだろうけど、
このタクシーさんはグルジアが独立して以来の「最悪運ちゃん」の一人だろう。
もぅ、いいや。アルメニアのタクシーもこんなだし(特に流しのタクシー程、道を知らない)。

散々迷った挙句、黄昏のムタツミンダ公園に到着した。誰も居ない。悲しいほど閑散としている。
観光名所という事になっているらしいので来てみたけれども、何があるのかな?
観光シーズンから確かに外れているけど、本当に誰も居ないっすね。まぁ、コレはコレで有難い。

タクシーの運ちゃんにココまでの分のお金を払って「戻るまで待っていて欲しい」と言ったら、
「絶対に戻って来てくれよ。待ってるからよー。」と言われる。

本当に待っているんだろうなぁ、、、不安だ。

そして、ムタツミンダ公園へ、


立派な建物でしたが、廃墟でした。


枯葉が物悲しい。アルメニアの公園より哀愁が漂う。


当然、アトラクションは動いてませんでした。


テレビ塔らしい。天候が悪くてドンヨリしてますが。


七夕じゃないです。グルジアにもこんなのあるんですね。


何の像が忘れました。

、、、誰も居ません。気持ち良いくらいに僕だけです。
途中、レストランのような場所(←レストランだったのかな)でオバチャンに
グルジア語で何かを言われるけど、サッパリ分からず。

しかし、ムタツミンダ公園自体は自分の好みに適った閑散とした公園だった。
途中、軍隊の青年らしき人と話すが、それ以外誰にも会わなかった。

何を見て、何を感じたら良い公園だったのか正直言って良く分からない。
申し訳なく思いながらも、公園を後にした。

で、駐車場に戻ってみると、、、運ちゃんが居ない。
駐車場の管理人のような人に「運ちゃんは何処だ?」と聞いてみると、

「あー、なんか客を拾ったみたいで何処かに行っちゃったよ。
戻ってきたら待っていて欲しいと伝えてくれと俺に言ってたよ。」なのだそうだ。

、、、神様、このアホな運ちゃんに天誅を食らわしてくれませんかねぇ。
もしかして、私自身が天誅を下しても良いですか? あぁ、そうですか。
今度、この運ちゃん見掛けたら「死の灰」を降りかけてやろうと思います。
ダゲスタン製のナイフが有ったら、切り裂いて干し物にしてやろうと思います。

しかし、こーゆー人は死の灰降ってもランランランってなもんなんだろうなぁ。
切り裂いても、ピンピンしてそうだなぁ。


って、もぅヤダァァァァァ。アルメニア人もグルジア人もこんなのばっかりぃぃぃ!


腹が立ったので、歩いて山を下りる事にした。って、もぅ泣きそう、、、

その後、アホみたいにクネクネと曲がった道を歩いて行く。
山を下りきった辺りで運良くタクシーを拾えた。
もうこの頃になると、「どうでもいいや」となってくる。

とりあえず、中心街付近まで戻る事にした。その後は、歩ける範囲で適当に教会やら
何やらの写真を撮ってみた。脈絡の無い写真ばかりで申し訳ない。


ホテルの近くの教会。アルメニアのソレに似てますね。


その教会にあったオブジェ。


歩いていて見つけた銅像。後ろ向きでスマンな!


有名な教会。あー、だけど名前を控えた紙を無くしてしまった。


改装中のようでした。中には入れましたが。


工事の為でしょうか?改装中の教会が沢山ありました。


教会の近くにも教会らしきものが。


グルジア語で何か書かれてますが、当然サッパリ分かりません。


トビリシの好きな眺め、その@ イェレヴァンと違って川がある!


好きな眺め そのA こんな所なら住んでみたいなぁ。


グルジアのチーズ。イェズディ人が売ってるチーズよりも美味しかった。

歩き回ったのでヘトヘトに疲れた。疲れたけれども、お腹は空く。
昨日、やぶ蚊さんに教えて貰ったレストランにまた行く事にした。
うまい事に席が空いていたので、ゆっくりとグルジア料理を楽しむ事にした。

幾つか注文した後、「ヒンカリを2つ」と言ったのだが、コレがどうも良くなかったらしい。
ウェイトレスの女性に「ヒンカリ2つですとぉ?」と聞き返される。

「ヒンカリは、大きな鍋でいっぺんに沢山作るんですよ、普通。
だから二つというのはチョット、、、アナタ、いっぱい注文してるから
これ以上ヒンカリを頼んでも食べきれないと思いますよ。」と言われる。

そうかもしれないと思い、ウェイトレスさんの言う通りにした。

その後、料理が出て来るまでの時間と料理が出てきてからの時間で大変に困った事が起きた。

何やら、浮浪児が入って来て「お金をめぐんで下さい」とか、
喉が潰れて喋れない人から「記念写真は要らないか」とか、
記念メダルを売り込む男性が入り込んで来て大変だった。

ウェイトレスの女性に「ゆっくり味わって食べたいから、シャットアウトして欲しい」
と頼んだ所、「私に何が出来るっていうのよ」とアッサリ返されてしまう。

その後、美味しいワインと食事で幸せになりつつも、レストランに次から次へと入ってくる
刺客の相手で幸せ半減。あのー、手持ちの小銭が無くなりそうなんですけどぉ、、、

フと、他のテーブルを見やるとグルジア人男性二人が4,50個はあろうかという
ヒンカリの皿をたいらげていた。「2個くれ」などというのは、非常識だったらしい。

しかし、自分の個人的な印象から言わせて貰えば、「グルジア」は好きな国の一つだ。
美味しいワインがあり、美味しい料理がある。それだけでも素晴らしい!

中東、ヨーロッパ、アジアが複雑に入り乱れた美しさは、どこか懐かしさを感じる。
資本主義や物質主義に毒されて、ヘタに街が変わっていったりしたらとても悲しい。
住んだら毎日のように腹が立つのかもしれないけれども、哀愁の漂うトビリシの街は
殺伐としたイェレヴァンに慣れきった自分には羨ましいほど「素敵な首都」だった。

サーカシビリが、もっと外国人にも住み良い国に作り上げてくれたのならば、
ずっと住んでみたい国だ。グルジアこそが「異文化の交差点」だと思う。

CISに興味のある旅行者は、トビリシだけでも行ってみる価値があると思う。